1984年 Steven Rosen によるインタヴュー

1984年 Steven Rosen によるインタヴュー
Player 2002年11月号(Vol.34, No.441)より引用

Q:キャリアの殆どをツアー活動に費やしていますが,これがレコードを売り、スポットライトを浴び続けるための、あなたなりのやり方なんですか?

Johnny(以下J):ツアー活動を止めたことはないね。1969年に初めてブレイクした時ですら止めなかったってことが重要なんだ。家に帰ったのは曲作りをする時くらいのもので、今でも、最大6週間くらいは家を空けるよ。25、6の時には仕事が少なくなり、27の頃にはそういう状況にうんざりだったけど、 家もないし帰るべき理由もないとなると、ツアーをやめると支障をきたす。今でもツアーをしない状況なんて想像できない。音楽に対する愛情は今でも変わらない。
でも、移動はだんだん辛くなってきたな。

Q:現在、『ギター・スリンガー』のプロモーション・ツアーを行なっているわけですが、このアルバムには音楽的に多様な要素が入っていますね。

J:ああ。出来る限りたくさんの種類のブルースをやってみたのさ。唯一、アコースティック・ブルースだけはやらなかったけど、一応、企画までは立てたんだぜ。最終的にはアルバム2枚分のマテリアルが出来ちゃったよ。テキサス、ルイジアナ・タイブのブルースもやったんだけど、ああいうブルースをこれまでにあまりやってこなかったことに気付いて、 自分でも驚いた。シカゴ・スタイルのブルースはずっと好きだった。ミシシッピ・デルタで歌われてたブルースを単にエレクトリック化しただけのもので、ラフさが増している。今回のアルバムはもっとそういう風に出来たかもしれないけど、テキサス・スタイルはあまりやったことないって感じてたんで、そっちに重点が置かれたわけさ。

Q:テキサス・ブルースとシカゴ・ブルースとでは具体的にどういう違いがあるんですか?

J:シカゴ・ブルースはギターとハーモニカ、ベース、ドラムだけなんだけど、テキサス・ブルースはホーン・セクションも入っててもっと都会的なんだよ。ちょっとジャズ寄りかな。レコーディングの時には、まずギターとベース、ドラム、ハーモニカでやって、後でホーン・セクションを加えたんだ。こういうことをしなきゃいけないから、俺は大人数のグループでやるのが嫌なんだよな。 アレンジなんかをしっかりやらなきゃいけないから、インプロヴィゼーションのスペースがなくなっちゃうんだよ。

Q:トリオをバックにした時と、ホーン・セクション入りのバンドとやる時とでは、演奏のやり方か違うわけですね?

J:そうだ。大人数のホーン・セクションを使わない理由はそれだ。弟のエドガーはアレンジをしたり、大規模なホーン・セクションを使ったりするのが好きだけど、俺はトリオがいいね。ドラムとベース、そしてギターが、常に戻るべき基本さ。アルバムではキーボード・プレイヤーも起用したけど、とてもうまくいったと思うよ。

Q:キーボードはあくまでバックに徹していますよね。エドガーはキーボードを沢山使っていますけど。

J:キーボードは運ぶのが大変なのさ。今ではシンセサイザーとか色んなものがあるけど、俺がキーボードを使う時には本物のピアノか、それにごく近い音の出るヤマハのシンセにする。キーボードに関しては苦い思い出があるよ。昔、バンド用にオルガンを買ったんだけど、結局はエドガーと俺でそれを運ばなきやならなくて、もう本当にうんぎりしたよ。それでキーボードはツアーに持っていかないって心に決めたのさ。

Q:セカンド・ギタリストを起用することについてはいかがですか?

J:ギタリストが2人いたバンドはいくつか経験してきたけど、あまり好きじゃないんだ。自分ひとりでやるのがいいね。キーボードよりギターを入れる方が簡単だけど、 4人グループでやるとしたら、ギタリストより腕の良いピアノ・プレイヤーを入れたい。

Q:昔、リック・デリンジャーと一緒に面白いことをやってましたよね。

J:ああ。リックは一緒に演奏しててとても楽しい奴だった。大好きなギタリストだよ。

Q:『ジョニー・ウインター・アンド』ではセカンド・アルバムから大きく成長を遂げましたよね。

J:そうだね。あれはまさに俺が当時やりたかったことで、今、思い返してみても、あの時ああいうことをやったのは正しかった。でも、最も不満の多かった時期だなあ。俺はブルース・プレイヤーになろうと躍起になってたんだけど、まだまだだって感じてたんだよ。それで、”ブルースでプレイしてもうまく出来ないのなら、 もっとロック風にやってみる”って具合にやったら、ああいう作品になったのさ。マディ・ウォーターズの作品をやるまでは(1977年にリリースした『ハード・アゲイン』と『ナッシン・バット・ザ・ブルース』)やりたいことをやったとは感じてなかったんだよ。どんなに成功しても、自分のやりたいようにやってるとは感じなかったから、全然幸せじゃなかったさ。『ハード・アゲイン』を作って、それが高い評価を得て、 やっと、遂に目標を達成したと思ったね。あれからずいぶんと経ったなあ。

Q:コロムビアからリリースされたファースト・アルバム『ジョニー・ウインター』では話題騒然となりましたが…

J:実際の話、色々騒がれたことは音楽にとっては邪魔だったね。契約金のこととか、俺がアルビノだとか、そんな話をみんながしなくなって、音楽を云々してくれるようになった時には、俺は嬉しかったよ。最初の2年半はツアーに明け暮れて、みんなの評判を裏切らないプレイが出来るってことを証明しようと一生懸命だった。そうすることが自分にとっては本当に重要だったんだ。ずっと働きづめだったよ。冗談みたいな存在のまま、2、3年活動しただけで終わりたくはなかった。ずっと音楽をやっていこうとう決めてたからね。今でも同じことをやっているのは本当に光栄だ。今ほど音楽をやってて幸せに感じる時はない。ジョニー・ウィンター・アンド時代よりもね。 昔を回想すると変な気分になるよ。

Q:もうひとつの変化はギターの選び方ですね。あなたとギブソン・ファイヤーバードとは切っても切れない縁で結ばれていましたが。

J:今でもギブソン・ファイヤーバードを使っているけど、全然違うサウンドのレイザーのギターも持ってるよ。なかなか優秀なものなんで、セカンド・ギターにしてるんだ。運ぶのに便利だしね。これが最大の利点かな。いつも出したいと思っている良いトレブルが出るんだよ。ストラトキャスターの音も好きだよ。他のどのギターよりも好きなくらいさ。でも、チョーキングをする時に2倍の力が必要なんだ。つまり、いつも通りの力でやると半分しか音が上がらない。俺にはストラトキャスターは弾きこなせないね。ギターを始めて最初の半年くらいはストラトを持ってたけど、すぐに手放しちゃったよ。ギブソンのギターはどれも低音が強すぎるんだけど、ずっとうまく弾きこなせるね。1970年代初期にファイヤーバードを弾くようになったんだけど、このギターはギブソンとフェンダーの丁度真ん中のような感じだ。どのギブソンのギターよりも少しトレブルが強いんだけど、フェンダーほどは出ない。レイザーのギターは良いトレブルが出るんだけど、俺はもっぱらネック側のピックアップを使っている。アンプに関しては、俺の場合、トレブルのつまみを最大にして、ベースとミドルはゼロだから、トレブルをよく拾うピックアップだと、それが強く出過ぎる。レイザーに付いてるピックアップは、通常よりもブリッジから離れたところについてるんだ。オースティンのマーク・アールワイン(有名なギター職人)がテザインして、韓国の工場で作らせたもので、ものによってピックアップの位置がずれてるんだよ。同じ場所に取り付けるつもりだったらしいんだけどね。俺が手に入れたものは、偶然、ネック側にずれてて、それ以来、同じ音のギターを見つけることは出来ない。災い転じて福となるとはこのことだね。

Q:ヘッドストックはない方が好きなんですか?慣れるのに時間がかかりませんでしたか?

J:最初はずいぶん苦労したよ。チューニングするのは大変だけど音の狂いはずっと少ないね。今回のアルバムで初めてこれを使ったんだ。レコーディングを始めた時は、 慣れているファイヤーバードを使ってたんだけど、レイザーを繋いでみたら凄く良い音がしたんで、全員一致でこれでいこうってことになったのさ。

Q:スライドのパートではファイヤーバードを使ったんですか?

J:もちろん。ファイヤーバードを使う時には、ブリッジをちょっと高めにしておくんだ。普通の高さのままでもいいんだけど、弦高はちょっと高い方が音が良くなるし、弾きやすいのさ。チューニングも変えてるよ。俺が使うのはオープンEとオープンAの2つだ。Aチューニングは2、3、4弦を1音上げて、Eでは3弦を半音、4弦を1音上げる。昔のデルタ・ブルースのレコードで聴こえるのはこれだ。ギタリストがひとりしかいないから、高音弦でスライドしながらリードを弾いている間、低音弦を鳴らし続けていたんだよ。レギュラー・チューニングでスライドをするとなると、コードを出すのは至難の業だ。俺はレコードではやったことはない。デュアン・オールマンはそれが上手かったけどね。ああいうスタイルを作ったのはデュアンさ。ああいうことか出来た唯一のギタリストじゃないかな。

Q:デビューの頃に使っていたファイヤーバードは今でも持っているんですか?

J:もちろん。セントルイスに住んでるエド・セリッグっていう名前の友人から買ったのが最初の1本だ。エドは各地を回って古いギターを買っては、それを補修しているんだ。最初のファイヤーバードもかなり安い値段で売ってくれたんだけど、それからもずっとタダみたいな値段でファイヤーバードを売ってくれる。ツアー中にネックが壊れてしまったことか6回か7回あった。ファイヤーバードはヘッドストックとネックの接合部分がとても細くて、古いものを見てみると、だいたいその部分が壊れている。俺が手に入れたものの内の1本にはレスポールのヘッドがついていて、本当に変なルックスのギターだったね。フアイヤーバードは6本持ってて、ツアーにはそのうち3本を持って出る。1つはスライド用で、弦高を少し高くしてある。もう1つはレギュラー・チューニング。残りの1本は、この2本に万一何かがあった時や弦が切れた時のための予備だ。俺が持っているファイヤーバードはどれも1962年か63年製で、初期に作られたものであることは確実なんだけど、どっちの年かは分からないんだ。ヴァイブローラ・トレモロ・ユニットを外したこと以外の改造はやってない。ブリッジとテイルピースを違うものに取り替えたけど、ヴァイブローラのネジ穴はそのままさ。

Q:あなたはファイヤーバードを弾くことで有名ですけと、他のギターも試してみたことも当然あるんですよね?

J:最初に買ったギターはギブソンのES125だった。ピックアップは1つ、カッタウェイのない、アーチトップのやつね。買ったのは11歳の時だったかな。その後、軽いネックの白のストラトを使うようになったんだ。手に入れるのに1年もかかったけど、使ったのはたったの半年間だった。結局、弾きこなせなかったのさ。レスポールは2本持ってた。ゴールド・パーツ黒のカスタムは、注文する時にピックアップを3つじゃなくて2つにしてもらったんだ。俺はミドルのピックアップの上あたりで弾くから、そこにピックアップがあると邪魔なんだよ。それから白のSGも持っていた。1969年に最初にブレイクした時にはフェンダー・ムスタングを使っていたよ。お気に入りの1本だったんだけど、あの頃のギタリスト連中が欲しがっていたサステインが得られなくてね。当時、俺はフィンガー・ビブラートは使わず、ビグズビーを使ってたんだ。でも、エリック・クラプトンがフィンガー・ビブラートをやり始めてからというもの、指でビブラートをかけることが重要になったんで、俺も2、3ヶ月練習してから、ビグスビーを外しちゃったんだ。それ以来、トレモロ・アームは使っていないね。

Q:フィンガー・ビブラートをするようになったきっかけとして、クラプトンの名前が出てきましたが、クラプトンやジェフ・ベック、ジミー・ペイジといったイギリスのギタリストがやっていたこともよく聴いていたんですか?

J:もちろん。イギリスで起こっていた現象は本当に不思議だった。俺がこっちで長年かけてやろうとしていたことを、ローリング・ストーンズやクラプトンといった連中が既にやっちゃっていたんだからね。こっちでブレイクする直前に俺はロンドンに行かなきゃって思い立ち、実際にロンドンに行って、自分のバンドを結成しようとしたくらいき。俺が契約したブルー・ホライズン・レコードはフリートウッド・マックやチキンシャックも抱えてた。で、アメリカに戻ってきた途端に、ローリング・ストーン誌に記事が載って、こっちでも仕事が沢山舞い込んでくるようになったんだ。俺のスタイルは既に出来上がっていたから、そんなにに変わらなかった。でも、フィンガー・ビブラートがカッコイイって思われるようになったんで、それ以降やるようになったってことが唯一の変化さ。

Q:ブレイクした時にはとんな感じでしたか?

J:大罪を犯しているように感じたよ。シングル曲はストレートなブルースじゃないしね。ロックンロールをプレイするのは気が引けたけど、いつも何でも演奏してやったさ。俺が愛していたのはブルースだ。俺の考えが間違ってるのか?売るためには何か別のこともしなきゃいけないのか?…どうすればいいのか理解出来なかった。そういうバカげたことを我慢しなきゃならないっていうのは、とても辛かったよ。あるカテゴリーの中に入れられて語られるってことは、昔も今も変わらないけど、エドガーはこの話をすると嫌がるんだ。 あいつの前じゃ話題に出さない方がいいと思うよ。エドガーの場合、あまりに沢山のことをやりすぎて、ファンが彼に何を期待していいのか分からなくなっちゃったことが、人気低下の原因なんだ。ファースト・アルバムではジャズっぽいことをやってジャズ系のファンを得たのに、次はハードロックのアルバムを出して、その次はロックンロールのレコードを出したりしたから、次のアルバムがどういう風になるのか、誰にも分からなくなったんだよ。それで、みんながアルバムを買うのをやめちゃったんだ。

Q:「フランケンシュタイン」はヒットしましたけと、その後は何をやってるのか推も知りませんね。

J:あの曲だけはうまくいったな。その後、エドガーは混乱しちゃったんだと思うよ。才能があっても、進むべき方向が分からないと支障をきたすよな。