1984年にリリースした「Guitar Slinger」についてのインタビュー

1984年にリリースした「Guitar Slinger」についてのインタビュー
Player 1995年7月号より引用

Q:アルバム「ギター・スリンガー」について教えてください。

Johnny(以下J):俺たちはできる限りさまざまな種類のブルーズをやってきたわけだけど、アコースティック・ブルーズっていうのはまだ唯一やっていなかった。それで、そういうものをやろうってことになったんだけど、2枚組になるぐらいの量のマテリアルが出来てしまった。で、それは一旦やめにして、テキサスやルイジアナ・タイプのブルーズをたくさんやったんだ。驚いたことに、こういう形のブルーズはあまりやったことがなかったんだよ。俺と一緒にアルバムをプロデュースしたディック・シャーマンとブルーズ・イグロウアーにとっても、それは大切なことだった。俺のお気に入りはシカゴ・タイプのブルーズで、それはミシッシッピのデルタ・ブルーズをラフで荒々しくエレクトリック化したものだ。

Q:それではテキサス・ブルーズとシカゴ・ブルーズの違いはなんなのですか?

J:俺たちがやったブルーズは、ギターとハーモニカだけのものに対して、もっと都会的なフレーズでホーン・セクションも付いているものだった。もっとジャズに近くて、シティ風なんだ。

Q:アレンジされているってことですか?

J:そうだね。でも、全部の楽器を一度にレコーディングしたわけじゃなくて、ホーン・セクションには後で来てもらったんだ。大編成のグループで作業をしたくないのは、インプロヴィゼーションや自然な感情の余地がないからなんだ。でも、このアルバムにはそういうのがあるだろ。

Q:トリオで演奏する場合とホーン・セクションのいるバンドで演奏する場合とではギター・プレイへのアプローチが違うんですか?

J:うん、だから大きなホーン・セクションは使いたくないんだ。

Q:ツアーにセカンド・ギタリストやキーボード・プレイヤーを連れていくのはどうですか?

J:トリオで演奏するのが好きなんだけど、もし4人編成のバンドでツアーするのならピアノ・プレイヤーを入れるね。

Q:リック・デリンジャーはセカンド・ギタリストとして一緒にプレイして楽しい人でしたか?

J:ああ。リックは一緒にプレイしてとても楽しい奴だよ。大好きさ。

Q:ジョニー・ウィンター・アンド時代はあなたにとって大きな飛躍でしたね。

J:当時はそういうのがやりたかったし、思い返しても時代に合っていたと思う。でも…最も不満が多い時期でもあったんだ。俺はブルーズ・プレイヤーとして成功したかったんだけど、成功したとは全く感じられなかった。それで、ブルーズがうまくプレイできないのならロックっぽいのをやってやろうじゃないかと思った。

Q:コロムビア・レコードとの契約についてはひと騒動がありましたね。

J:そう。あの大騒ぎは俺の音楽には邪魔だった。あの契約のことや、俺がアルビノだってことをみんなが話さなくなってくれて俺は嬉しいよ。

Q:あの頃からずっと、さまざまなタイプのギターを使ってきましたね。

J:ああ。今でもギブソンのファイアーバードを使ってるんだけど、全然違う音のするレイザーのギターも持ってるんだ。ずっと欲しかった、良いトレブルの音が出るんだよ。音的にはどんなギターよりもストラトが好きだけど、チョーキングするのに力が2倍必要で、半分しか音程が上がらないんだ。だから、ストラトキャスターを上手くプレイできるなんて思ったことはないね。いつもストラトと戦ってるような気分だったんだ。ギターを弾き始めた最初の半年はストラトを持ってたんだけど、すぐにどこかにやっちゃったよ。ギブソンのギターは低音が出すぎるように思うんだけど、ずっと上手にプレイできるね。1970年代初頭にファイアーバードに惚れ込んで以来、ファイアーバードはギブソンとフェンダーの中間のような音だと感じている。大抵のギブソン・ギターよりはトレブルが効いているんだけど、フェンダーほどは出ない。レイザーは良いトレブルの音が出るんだけど、ピックアップは1つしか付いてないんだ。アンプではトレブルを全開にして中低音をオフにしていて、ギターでもトレブルを全開にしているから大抵ネックに近いほうのピックアップを使ってる。俺が持っているレイザーは、他のギターよりもブリッジから離れたところにピックアップが付いているんだ。テキサス州オースティンのマーク・アールワインていう奴がデザインしたもので、彼は韓国でギターを作らせていて、ギターによってピックアップの位置が違うんだ。俺が手に入れたものはたまたま安かったんだけど、これほど良い音のするギターにはお目にかかったことはないね。

Q:ヘッドレスは好きですか?

J:最初のうちはえらく困ったんだ。チューニングするのに右手を伸ばさなければならなくて、慣れるのにひと苦労だった。でも、他のギターよりチューニングがずっと安定してる感じだよ。チューニングの手間はかかるけど、狂いにくいんだ。

Q:今回のものがレイザーを初めて使ったアルバムなのですか?

J:その通り。レコーディングを始めた時には弾き心地が良いと思ったんでファイアーバードを使っていたんだけど、レイザーをアンプにつないで音を出してみたらとても良かったんで、その後はファイアーバードを殆ど使わなかったと思う。ただ、何曲かはファイアーバードが必要だった。スライドを弾く時は大抵ファイアーバードさ。ファイアーバードを使っていた時、1本はブリッジを少し高くセットして、チューニングも違うものにしておいたんだ。

Q:どういうチューニングを使っているのですか?

J:俺が使ってるのは2種類、オープンEとオープンAさ。オープンAは(弦の太い順に)E-A-E-A-C-Eで、オープンEは(弦の太い順に)E-B-E-G-B-Eだ。昔のデルタ・ブルースのレコードから聞こえてきたのはこれだけだった。こうしておけばコードが弾けるだろ。レギュラー・チューニングでスライドを弾くとなるとコードを鳴らすのが容易じゃないんだ。アルバムではやったことがない。デュアン・オールマンがスライド・プレイのスタイルを作ったと言えるね。ハーモニカ・プレイヤーと一緒にやるよりロックンロール・バンドと一緒にやった方が、ああいったプレイは冴えるんだ。

Q:1本のファイアーバードを最近ずっとメインに使っているのですか?

J:そうだね。セントルイスのエド・シーリーって言う友人からもらった最初の1本を使っている。このギターは6~7回ネックが壊れている。俺はファイアーバードを6~7本持っていて、ツアーには3本持っていくんだ。1本はスライド用、1本はレギュラー・チューニング用、もう1本は弦が切れたとかの不慮の事故用の予備さ。メインに使っているファイアーバードは1962年製か’63年製のどちらかだ。俺のファイアーバードは全部この年のモデルなんだ。メインのファイアーバードはノーマルのものだけど、アームは取り外してしまったんだ。ちょっと邪魔だったからね。

Q:ファイアーバードを使うようになったのはいつ頃からですか?

J:1970年頃からだね。ギブソンのSGも弾いていたよ。最初に買ったギターはギブソンのES-125で、俺が11歳の時だった。2番目に買ったギターは白いフェンダーのストラトで、サウンドはとても気に入っていたんだけどね。その後レスポールを2本買った。そのうちの1本は黒のカスタムで、ゴールドのパーツがついているものだった。ピックアップが2つしか付いていないものを注文しなければならなかったよ。というのも俺はいつも真ん中のピックアップの上あたりでピッキングをするから、そこにピックアップがあると邪魔だったんだ。もう1本は白のSGタイプのレスポールだった。あと、レコード会社と契約した頃はフェンダーの1969年製のムスタングを使ってたんだ。

Q:スタジオではギターをアンプにダイレクトにつないでいるんですよね。

J:そう。でも「セカンド・ウィンター」は例外で、ワウワウ・ペダルを少し使ったんだ。あと「ゲス・アイル・ゴー・アウェイ」という曲では、信号をちょっと変えるためにMXRフェイズ・シフターを使った。でも、ツアーでこういうエフェクターを使って良かったためしがない。いつも何かがおかしくなって、ケーブルをたどりながらあちこち探ることになるんだ。

Q:アンプは長年アンペグを使っているのですか?

J:コロムビアとの契約以前はフェンダーのアンプを好んで使っていた。余計な機能が付く前の古いベースマンのアンプも好きだった。良いPAシステムが出現するまでは、大きなアンペグのアンプを使っていたけど、ステージで大音量で演奏するのは好きじゃなかった。ドラムの音が聞こえなくなってしまうからね。ジョニー・ウィンター・アンド時代はしばらくアンペグとマーシャルを組み合わせて使っていたよ。俺たちは殆どヘヴィ・メタル・バンドで、PAシステムも俺たちの音には追いつけなかった。初めてジミ・ヘンドリックスを見た時、ヴォーカル用にはPAシステムがあったけど、他の楽器は全然無かった。だから、ギターの音がホール全体に届くためにはアンプからでかい音が出ていなければならなかったんだ。昔はずっとそうやってたんだ。俺は300Wのアンペグのトップと2台のボトム、200Wのマーシャルのトップと2台のボトムをつなげて使った。本当にでかい音だったよ。マーシャルからはサスティンとディストーションがたくさん出て、アンペグからはクリーンなサウンドが出てきた。俺はアンプの前には立たず、いつもドラムの近くにいたよ。フィルモア・ウェストで演奏した時、あまり大きな会場じゃなかったんだけど、ステージの一方にフェンダーのツインを6台置いて、もう一方に拡張キャビネットを6台置いたんだ。そしたらあまりに音が大き過ぎて、ドラムの音すら聴こえなかったんだ。PAシステムが良くなって、すべての楽器の音を拾えるようになるとすぐに、もっと小さなアンプを使えるようになった。ミュージックマンからもらったアンプが数台あるんだけど、俺はそれを気に入っていて今でも使ってるんだ。

Q:あなたとエドガー・ウィンターが決別した原因は何ですか?

J:俺たちは決して同じ音楽が好きだったわけじゃないんだ。兄弟としてはお互いを愛していたけど、音楽的に多くのものを共有していたわけじゃない。一緒にプレイしていた頃は、もっぱらソウル・ミュージックをやっていたね。俺たちの好みが共通していたのはブリティッシュ・インヴェイジョンだけだった。

Q:あなたはボブ・ディランの曲をカヴァーしていますね。

J:ああ。当時ラジオで流れていた曲すべてから影響を受けたよ。FMラジオの出現以前は、同じ曲を何度も何度も聴き、みんながその曲を知っていた。当時のクラブのオーナーは俺たちに演奏曲を指示し、それを知らなきゃクビになったんだ。

Q:当時のバンド名はイット・アンド・ゼムでしたよね。

J:いろんなバンド名のうちのひとつさ。エドガーと俺は南部で活動を続けていて、単にジョニー・ウィンターって名乗った時もあれば、ブラック・プレイグと名乗った時もあった。

Q:アルバム「オースティン・テキサス」ではどう名乗る予定だったのですか?

J:アルバム・ジャケットに印刷される名前は”ウィンター”になる予定だった。

Q:当時もよくセッション活動を行っていたのですか?

J:ああ。ガルフ・コースト・レコーディングっていうスタジオで週に2~3のセッションをしていたよ。300枚以上のシングルに参加したんじゃないかな。

Q:あなたのスタイルはこの頃発展したのですか?

J:そうだ。いろんなスタイルでプレイできるようになるのに、セッションは良い方法だった。当時スタジオにやって来る奴はみんな新しいものを欲しがっていたからね。

Q:あなたとスティーヴィー・レイ・ヴォーンは仲が良かったそうですね。

J:ああ。親友だった。彼はベースにトミー・シャノンを使っていたけど、トミーは俺のバンドにいたベテランのベーシストで、最初の3枚のアルバムに参加しているんだ。スティーヴィーはブルーズに非常に貢献したと思う。若いオーディエンスの注意をブルーズに向けさせたわけだからね。

Q:他に一緒にプレイしてみたいミュージシャンはいますか?

J:あまりいないな。やりたい奴全員と既にやったことがあるからね。他に一緒にプレイしたいと思ってた連中はみんな死んでしまったよ。マディー・ウォーターズともプレイしたことがあるんだ。上手くできたと思うよ。でも、マディーのプレイやヴォーカルは最高なのに、レコードの音はあまり良くないと思ったね。

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